いつものように、週に一回のスーパーへの買い出しの日。
一年ロンドンで大学院生活をしていた私は、週末の授業が無い日に一週間分の食料を買いに行くのが習慣になっていました。
エコバッグを二つとショルダーバッグを肩から下げて、寮から歩いて10分ほどの、Sainsburyという大きなスーパーに向かいます。
コロナの影響もあり、人込みを避けてさっさとお買い物を済ましてしまいたかった私は、前もって用意していた買うものリストを片手にアジア食品売り場をうろうろしていました。
ここのスーパーはとても広くてほしいものを見つけるのに時間がかかってしまうので、私と同じように買いたいものの名前がずらーっと並んだメモを片手に歩いている人もよく見かけます。
今日はごま油を買わなくちゃ、と思い棚を見ていると、ごま油が入ったガラスのビンはなんと棚の上の方に並べられています。
どう頑張っても手が届きそうにない…。
一生懸命手をのばせば指先には触れるかもしれないけれど、ガラスのビンだし落したら大変だなぁ。
つい先日、誰かが触れて落してしまったのか赤ワインのビンが盛大に割れて、スーパーの床が紫色に染まっているところを目にしたところだったので、そんなことを思っていました。
私は身長が160cmぴったりほどなのですが、それでも手が届きそうにない位置に商品が置かれていたりします。
海外では背が高い人も多いためか、棚がとても高かったりします。
どうしよう。
でもこれを逃すと一週間後までごま油なしで生活しなきゃならないのは厳しいな…。
周りをきょろきょろしてみたけど、店員さんも誰一人いません。
ぱっと横を見てみると、大きなカートを引いた背の高いお兄さんがせっせと近くの棚の商品を見ているのが目に入りました。
そうだ!頼んでみようかな。
こんな外国人の私から急に頼まれたら嫌がるかな、と一瞬思いましたが、ごま油が欲しい気持ちのほうが勝りました。
Could you please help me to get the sesame oil? I'm too short to reach it...
と棚の上の方を指さしながら恐る恐る声を掛けると、
Sure! Of course!!!
と、ものすごく元気のいい返事が返ってきました。
お互いマスクをしていますが、お兄さんがにこにこしていることはマスク越しでもわかります。
お礼を言うと、お兄さんは颯爽とまたお買い物に戻っていきました。
私は長い間接客のお仕事をしていましたが、同じ世代の人に声を掛けることにずっと苦手意識がありました。
きっと気恥ずかしいからだと思います。
それに、ロンドンの人はちょっと怖い、気難しいというイメージを勝手に持っていました。
でも、実際は本当にみんなやさしいのです。
知らない人同士で気軽に話す、ということはあまりしない気がしますが、話しかけるとみんな楽しそうに会話をしてくれます。
私は2020年の夏まで前職で飛行機の中でお仕事をしていましたが、まだ中国でのコロナの情報が頻繁に報道されている頃、アジア人の同僚が人種差別をされているところを目にしました。
私の同僚のBTSのジンくんのファンだという韓国人の女の子(もっとK-popについて語り合いたかったのですが勤務中は忙しくて時間が無く、残念!)は、白人のカップルに「あなたにサービスされたくない。」と怒鳴られ落ち込んでいました。
そんな経緯もあり、私は心のどこかで人種差別をされたらどうしよう、という恐怖心を抱いていたのだと思います。
でも、ロンドンに1年住んでいて、嫌な事なんてなにひとつ起こりませんでした。
みんな本当にやさしく接してくれるので、心配なんてまったく不要だったのです。
今でもそのスーパーで出会ったお兄さんのマスク越しの微笑みをふと思い出し、私もつい微笑んでしまいます。
(2021年、春~夏ころのお話)